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version 1.1 (20080111)

Dividual([/dəˈvɪdʒuəl/, ディヴィデュアル,以下dd)は,いきるためのメディアをデザインし,広く散種するための運動体である.
「いきるためのメディア」とは,わたしたち人間が,メディア技術によって一方的に制御されて「生かされる」のではなく,より能動的に「活きる」ために必要なメディア技術のことである.現代のライフログやユビキタス・コンピューティングといった科学技術の多くは,安全・安心で利便性の高い技術を謳っているが,じつは対象者の固有性をデータベース要素に還元してしまい,そこでは個々の創造性は捨象され,身体的な分解能が鈍磨されるに至ることは気がつかれていない.ddでは,個々の人間が,みずからの,および他者の活動プロセスの豊穣さに気づき,互いに活性化するためのメディアの在り方を探求していく.
あらゆる生命がその成長プロセスを自らの身体に刻印していくように,わたしたちがネットワークを介して世界に向けて常に放ちつづけているデジタル情報の総体もまた,わたしたちの生命的な成長プロセスの一部として認識できる.ddでは,この活きたプロセスの記録をプロクロニズム (prochronism)と呼ぶ.それはわたしたちの物理的な身体と対をなす鏡像であり,わたしたちの絶え間ない思考と活動の過程がめまぐるしい日常のなかで廃棄されずに,わたしたちそれぞれの固有性を動的に記述するためのフレームワークでもある.
それはわたしたち自身を規定する情報の解像度が高くなることに伴って,そうした情報に対するわたしたちの分解能をも向上するためのものである.自身の過去を自ら記述し,そこに潜む偶有性と可能性をすくい上げ,またその記述方法をも自ら構築することによってのみ,わたしたちは一歩先の未来から現在を把握し,次の一歩を踏みしめることができる.こうして,個人は個人たりうる最小限のなめらかな境界線を保ち,自らの多様性を抱きしめながら他者の固有性とつながっていくだろう.
わたしたちの情報社会においては,オープン・ソース・ソフトウェアからフリー・カルチャーの流れのなかで育まれてきた哲学,経済そして統治に関する新たな方法論について,客観的に議論する素地がようやく根づいてきた.ddはさらにその後にある状況を見据える.わたしたちは,人間の営為のプロセスが自律的に作動し,発芽する状況を設計する.そして,この再帰的に変化(evolution)を繰り返していくプロセスの連鎖を,わたしたちはrevolutionと呼ぶ.

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